2019年度 中小企業・小規模事業者に関する政策と税制についての「国への要望書」
2019年10月01日 ティグレ連合会
はじめに
わが国は、人口の減少と急激な少子高齢化社会への移行、地域経済の低迷、グローバル化による競争の激化やIT化の進行など国内外共に大きな構造変化に直面しています。日本の経済は約30年間停滞しており、小規模事業者が大きく減少する時代に入っています。この間、経済発展に向け様々な検討がなされるなか、中小企業・小規模事業者(以降「小規模事業者等」という)の発展こそ重要であることがあらためて認識されました。この認識のもと、2014年に小規模企業振興基本法が制定されました。地域に根差した中小企業、特に小規模事業者の振興に焦点を当てたものとして高く評価されています。この法律を受け、国、地方自治体、支援機関や地域社会が連携し小規模事業者等を支援する政策の実施や体制の整備が進められています。しかしながらこれらの整備は小規模事業者等が抱える課題への対策としては、ほんの一部分にしかすぎません。
小規模事業者等が抱える課題は多岐にわたり、社会保障関連では、廃業後の生活費の確保、社会保険料の負担、働き手不足、働き方改革関連法案の成立など、税制面からは消費税軽減税率導入による経理事務の煩雑化、税負担、免税事業者であるため取引から除外される危惧があるなど、中小企業、特に小規模事業者にとってこれらのうちの一つの事項でさえも存続を揺るがしかねない課題です。
ティグレ会員の大半は小規模事業者です。その代弁者としてここに各関係省庁並びに各政党に対し、小規模事業者の持続的発展を目的とした「税制、社会保障、雇用」が三位一体となって機能する政策の実施を求めるとともに、以下の諸点につき要望します。
1.納税者権利憲章の制定と全員確定申告制の実現について
わが国の申告納税制度のもとでは、国民の納税義務の円滑な履行及び税務行政の適正な執行が必要であり、納税者の協力が不可欠です。そのためには「法に定められた諸権利」が尊重されたうえで税務行政が行われなければなりません。主権者たる納税者の権利保障と税務行政の公正な執行のために「納税者権利憲章」の早急な制定を求めます。そして年末調整制度によって申告権を奪われている給与所得者に「納税者主権」の立場から概算経費率と実額経費控除の選択制の確定申告権を認めるよう強く求めるものです。
納税を実感することは民主主義の原点であり、「納税者意識」を喚起するためにも全員確定申告制の実現を強く求めます。また、同様の観点から「応能負担の原則」や「生活費非課税の原則」など国民の諸権利を守り、現行の個人事業主に対する不公平を是正するために「青色申告控除」の拡大や課税最低限の引き上げを求めます。
2.所得税について
令和2年より基礎控除の適用に所得上限が設けられることになりました。憲法25条は「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」を保障しています。この観点からしても、日本におけるすべての人は「最低生活費」を超えた所得部分に対してのみ課税されるべきであり、人的控除の適用に(納税者本人の)所得制限を設けるべきではなく、見直しを強く求めます。所得税は、本来、個人の支払能力に応じて負担する公平性を重視した税です。「配偶者控除の収入制限の廃止」など、所得の再分配機能の役割を果たすためにも生活費非課税の原則へ向け、人的控除の大幅な拡大を求めます。
3.消費税について
10月1日に実施された消費税の改正は、小規模事業者等にとって顧客への税の転嫁が行いにくく、税の実質負担や税率をめぐるトラブルの発生、経理事務の煩雑化など様々な懸念が想定されます。増税による逆進性の拡大も大きな懸念であります。これらのことから消費税率10%への増税、複数税率並びにインボイスの導入に反対し、単一税率及び帳簿方式の復活を強く求めます。
また改正後、課税事業者に対し適正な契約が行われるよう啓発を行うとともに免税事業者との取引の拒否や停止が起こら無いよう指導及び監視の強化を政府が責任をもって行うよう求めます。
4.事業承継について
平成30年度の税制改正において10年間の特例措置として①猶予対象の株式制限(総株式の3分の2まで)を撤廃、②納税猶予割合を80%→100%に引き上げ、③雇用確保要件を弾力化、④最大三名の後継者に対する贈与・相続にも対象拡大など、私共の要望に沿った改正が行われましたが、「後継者は役員就任から3年以上経過」等々の各種諸条件が問題となるケースが出てきています。事業承継を円滑に進めるには「各種届出の簡素化」、「制度の恒久化」など更なる制度の改善を求めます。
また、平成31年度の税制改正において、対象とされていた中小の法人に加え、個人事業主に対しても、同様に負担軽減になるような措置が追加されています。一年遅れの個人版事業承継のスタートですが、厳しい条件が設定されています。青色申告(正規の簿記原則によるものに限ります)という条件です。個人事業主の円滑な事業承継を進めるのであれば、さらなる個人事業主に対する弾力的な支援を求めます。
5.納税環境の整備(税務調査における事前通知の改善)について
平成23年に国税通則法が改正され、「税務調査を開始する時の事前通知」と「処分の理由付記」が義務付けされましたが、納税者への「事前通知」は口頭とされています。そのため、現場では問題が起こりやすくなっています。「文書」での事前通知を強く求めます。
6.働き方改革に伴う小規模事業者等への急激な負担増加の軽減について
政府が推進している働き方改革は小規模事業者等とそこで働く従業員に大きな不安を与えています。小規模事業者等にとって、2019年4月以降の働き方改革に伴う労働基準法の改定を遵守することは極めて困難な環境下であります。大手企業は労働時間の削減や有給休暇取得率のアップによっておこる経費負担の増加を下請企業へ転嫁(優越的地位の乱用)するのではないかと危惧しています。
今まで、常に大手企業の収益悪化の緩衝材役を担ってきた小規模事業者等にとって働き方改革を実施するためには、小規模事業者等の立場に立った下請法の再整備、改正が不可欠であると考えます。わが国経済の活力源として小規模事業者等がこれ以上、疲弊し減少しないような雇用政策の実現を求めます。
7.小規模事業者等への社会保険料の軽減制度について
2013年以降建設業を中心に社会保険未加入事業者への対策が進められていますが、小規模事業者等にとって人件費の約15%におよぶ社会保険料負担は厳しく、加入したくても加入できない現状があります。小規模事業者等への負担を減らし、加入促進を目的とした小規模事業者等への社会保険料軽減制度の創設を求めます。
8.家族経営者でも加入できる労災保険特別加入制度の創設について
小規模事業者等のセーフティーネットの中で労災保険制度は重要でありますが、規模が小さくなればなるほど未加入率が高くなっています。労災保険は本来雇用される労働者のための保険であり、労働保険事務組合へ委託すれば事業主でも特別加入労災に加入できます。しかし特別加入労災に入れる前提としては労働者を雇用する事業主であり、労働者を雇用していない家族経営者は特別加入労災へ加入することができません(一部業種が限定されている一人親方労災あり)。
実態として家族経営者も一般労働者と同じ危険度の高い作業を行うことがほとんどであり、労働者を雇用していない事業主の特別加入労災(仮に第4種特別加入労災と称す)制度の創設を求めます。
9.外国人労働者の雇用支援について
外国人労働者が急速に増加する中、外国人専用のハローワークも開設されました。一方、各自治体における外国人の生活支援の充実が行政課題になってきています。総務省は2006年、増える外国人住民に対応するため全国の自治体に施策の指針・計画を策定するよう要請してきましたが、今年2月の時点で全国の約250の主要市区のうち、外国人住民の仕事や生活を支援する総合的な窓口機能となる専門部署が未整備の自治体が6割に達することが日本経済新聞の調査でわかりました。
具体的な行政サービスとしては、多言語対応、教育、生活支援など幅広い分野で自治体に取り組みが求められています。今年4月に始まった外国人労働者の受け入れ新制度の施行もあり、早急に各自治体への専門部署の整備を指導することを求めます。
10.認知症進行予防に効果があるとされている理美容業務について介護保険の適用を求めます。
11.理美容分野における資格取得外国人の積極的な活用を求めます。
12.傷病手当金と老齢年金との調整に伴う返納の請求について
全国健康保険協会は日本年金機構との間で「覚書」(事務連絡 平成29年3月31日厚生労働省保険局保険課発 全国健康保険協会宛「健康保険法第108条等に基づく照会事務について」)を交わし、傷病手当金と年金の併給調整を行うため、情報の提供を受けていますが、そこには実際に年金の支給があったかどうかについての情報は含まれていません。にもかかわらず、年金を受け取らず、傷病手当金のみを受け取ったのちに死亡した場合、傷病手当金を返納するようにとの請求が行われています。これを正すため「年金支給の有無」について照会し、且つ実際に傷病手当金と年金の併給が確認された場合にのみ返金請求が行われるよう「覚書」の内容を改正するよう求めます。
過去の傷病手当金支給の記録を全て精査し年金の支給の事実がないのに傷病手当金の返納請求をしたケースがないかを調べて、誤って返納があった場合は、返金するよう求めます。
13.遺族年金裁定請求と老齢年金裁定請求及び未支給年金請求事務について
年金事務所の窓口において、遺族年金の裁定請求の際に、死亡した被保険者が、老齢年金の裁定請求をしていない場合、遺族の意思にかかわらず、死亡した被保険者の老齢年金の裁定請求及び未支給年金の請求を遺族年金の裁定請求に併せて機械的に行わせていることに関して、そのような処理をする法律的な根拠はなく、不必要な処理であるので、老齢年金の裁定請求及び未支給年金を受け取った場合の不利益等について十分説明の上、遺族の意思を確認し処理していただくよう窓口の事務処理を改めるよう求めます。
14.マイナンバー制度について
マイナンバーカードの交付枚数は平成31年4月1日現在で全人口の13.0%(平成30年度約10.7%)に留まっています。データが示すように国民の多くは、マイナンバー制度に対し「不正利用による被害」や「情報漏洩によるプライバシーの侵害」を心配し利用率は微増にとどまっています。漏洩などの被害にあっても、救済措置の規定がないため、被害者は自ら裁判を提起するか、泣き寝入りするか何れかの方法しかないのが現状です。制度の正しい情報の開示や被害救済の仕組み等を含めたマイナンバー制度及び個人情報保護法の適正な運用を求めます。
15.健康保険証等交付の迅速化をはじめ各種手続きの簡素化について
小規模事業者等にとって、行政への手続きは高度な知識と多大なる労力を要します。小規模企業振興基本計画にあるように「ワンスオンリー」の原則によって手続きが簡素化されていくことが望まれます。しかし、手続き簡素化の問題は、税や社会保障の制度自身が公平に設計されていることが大前提です。
情報漏洩が起きないよう万全を期しつつ、利用者の立場で、不安や心配を解決しながら健康保険証等交付の迅速化をはじめ行政手続きの簡素化を強力に進めるよう求めます。
16.小規模事業者持続化補助金、IT導入補助金、ものづくり補助金、事業承継補助金の継続と充実について
小規模事業者持続化補助金、IT導入補助金、ものづくり補助金、事業承継補助金は中小企業向けの代表的な補助金として定着しています。来年度以降も一層充実し、継続されるよう求めます。さらに、小規模事業者持続化補助金についてはIT導入や災害対策などに範囲が広がってきた経緯があります。そのことも考慮し、一層の予算増額を図るとともに採択基準の緩和を求めます。
17.国における第Ⅱ期小規模企業振興基本計画に基づき各地方自治体で同趣旨の条例並びに基本計画が策定されるよう強力な指導を求めます。
18.休眠預金活用法の速やかなる活用について
障がい者,子ども、高齢者、震災被害者が共に集う地域コミュニティ(共生社会の実現)事業を実施するNPO法人や、地域コミュニティを支え、地域の社会的課題の解決・改善に取り組んでいる様々な事業体への速やかなる助成交付及び貸付を求めます。
19.小規模事業者等が災害を乗り切るための制度について
昨年、大阪府北部地震・西日本豪雨、北海道胆振東部地震と自然災害が続きました。今年も7月に鹿児島・宮崎・熊本を襲った豪雨など気象変動により毎年のように災害が襲ってきます。こうした状況は、地域の経済・雇用を支える小規模事業者等に大きな影響をもたらしています。とりわけ、小規模事業者は賃金や人材といった経営資源に大きな制約があることに加え、その商圏及び扱う商品・サービスが限定されており、価格競争やリスク対応力が弱いため、災害の影響を受けやすい実態にあります。復旧・復興のみならず、災害への備えを強化することが重要です。
防災関連の設備投資を行う小規模事業者等の税負担を軽減する新しい制度が検討されていると承知しています。小規模事業者等には資金とマンパワーに限りがあります。ましてや防災・減災投資は簡単なことではありません。BCP(事業継続計画)を策定している5人未満の小規模企業は4.3%(2018年)にとどまっています。新しい制度の実施に当たっては期限を切ることのないよう求めます。
20.遺品整理事業について
超高齢化社会が進む中でいわゆる孤独死が発生していますが、遺品等の整理に関し、これを事業とする業者が誕生してきています。この中に残念ながら悪質業者が存在し不法投棄や料金の後乗せなどでトラブルが発生してます。このような現状に鑑み遺品整理に関する法的整備の早急な実現を求めます。
21.無担保・無保証人融資制度の充実について
2014年2月から適用されてきた「経営者保証に関するガイドライン」は経営者保証なしでも融資を受けられる道が示されました。これにより公的機関では、保証人をとらない融資が大きく進んできました。しかし、民間金融機関ではほとんど変化が見られません。事業性評価融資や個人保証に依存しない融資の大幅な拡大が実現するよう民間金融機関への政府による強力な指導を求めます。
以上